KYO design

 日本の文化

日本史

歴史を見ることで、生活・思想・文化などの本質に迫ることができます。また歴史の中にはビジネス・生活・デザインの知恵・アイデアの源・ヒントがいたるところにちりばめられています。事業や商品開発、デザイン開発、人生などに行き詰った時、ちょっと歴史をのぞいてみてはどうでしょう。 特に、アイデア開発手法の「5W」手法と歴史との相性はよいように思います。それが「ある」「起こる」「なされる」元をたどれば、その必要性の判断や、代替や、未来形を考えやすくなります。 ここに示す日本の歴史は、様々な資料を基に、筆者が適宜情報や解説を加えたもので、歴史事実を正確に伝えているかどうかはわかりません。~時代に続く「○○年前」や「○○年間」の多くは、「頃だろうか」や「程だろうか」という接尾語が付くとご承知ください。     青文字:海外の歴史

旧石器時代以前(2500万年前~約10万年前:2500万年間)

2500万年前大陸の一部が海に出て行った、引きちぎられた大地ができる
1500万年前二つに分断されていた本州に関東の東から来る火山島の連続衝突
1400万年前紀伊半島で起こった西日本を一変する地球最大規模の大噴火が世界の温度を10°下げた これより前、山は無く平原だった → 日本の3/4が山 山が無いと雨が降らない
700万年前《アフリカ》人類発祥
300万年前~東日本で起きた突然の大地列島大隆起 千葉が日本で最後に陸地になった
700万年前《アフリカ》人類発祥
100万年前~10万年前《大陸》旧石器時代

旧石器時代(先土器時代)(10万年前~1万5000年前:10万年間)

日本の旧石器時代は、大陸の旧石器時代からは随分と遅い 日本列島はアジア大陸と陸続きで、気候は氷河期。南からナウマン象、北からマンモス象が来日 土器は作っていなかったが、打製石器を作っていた 旧石器時代の後期から縄文時代にかけて、更新世から完新世へ、氷河時代も終わり気候の温暖化で海洋の氷が融け、海面が上昇し日本列島は大陸から分離、日本文化のインキュベーターである日本列島が形成されてきた。この温暖が、日本の農業にとって欠かせないものであった 人口は、旧石器時代の終わりごろで1万人程度か

縄文時代(1万2000年前~前400年:10,000年間)

前7500年頃集落が形成され始める
前5000年頃~前4000年頃《中 国》黄河流域で黄河文明始まる
前5000年頃~3000年頃《メソポタミア》ティグリス川と、ユーフラテス川の流域に都市国家が成立、オリエント文明始まる
前3000年頃《エジプト》ナイル川流域で統一国家が誕生、エジプト文明が始まる
前3000年頃~2000年頃《インド》インダス川流域でインダス文明始まる
前1900年頃~1650年頃《中 国》夏。中国史書に記されていた最古の王朝
前1650年頃~1046年《中 国》殷(商)王朝
前1046年頃~256年《中 国》周 王朝

竪穴式住居に住む。「竪穴」とは「縦穴」のことで、「横穴」ではない。「縦」は地面に書いた四角の横に対して縦にも使うが、「竪」は垂直方向のことを言う。それで「竪穴」と言う 縄文土器、磨製石器、土偶を作る 磨製石器は、打製石器より作るのに時間はかかりますが、自分の思った形にし易いでしょう。その結果、人為的な形になってしまい面白さが欠けてしまっています。やっぱり石器は、円空の一刀彫のような趣がある打製石器がに惹かれます 縄文土器は、土器の外面に縄目文様があるので縄文土器と言います。何故縄文を付けるかは諸説ありますが、粘土を紐状にして積み上げて器を作ると表面が凸凹になってかっこ悪い。それを綺麗にならすのは大変で、下手をするとかえって器の凸凹が目立ちます。そこで表面に模様を付けたのが大きな理由と考えるのが自然です。縄文人もデザインを気にしていたのでしょう 十日町博物館の、国宝火焔型土器は凄い。国宝だけの値打ちがある、実物を見て作れと言われても、なかなか作れるものではない。それを3Dプリンターも無しで作ったんだから、敬服する 主に、採集、狩猟、漁で生計をたてており、貧富や身分の差はなかった。定住化が進み、胡麻、粟、芋、小豆、麦などが作られていた。実力の差はおのずとあった 採集、狩猟、漁で生計をたてており、貧富や身分の差はなかった。実力の差はおのずとあった 農業も行われており、一部では米作りの技術が伝わり水稲も作られていた。お米が陸稲でなく水稲であったことが、後々の生活や文化に大きく影響することになる ・・・・ 続き → 日本人の名前 人口は、縄文時代の終わりごろで10万人程度か

前450年頃《ヨーロッパ》古代ギリシアの哲学者、ソクラテスが活躍
前400年頃《ヨーロッパ》古代ギリシアの哲学者、ソクラテスの弟子プラトンが活躍
前400年頃《中 国》儒家始祖の孔子が活躍
前400年頃《中 国》老子が活躍
前350年頃《ヨーロッパ》古代ギリ

弥生時代(前300年~250年:550年間)

大陸から現代の日本文化の元とも言える、本格的な水稲耕作が始まる

前246年《中 国》秦の始皇帝即位
前221年《中 国》秦の始皇帝、中国を統一
前206年《中 国》劉邦,漢王となり前漢の時代が始まる。この時代に整理体系化された文字が漢字である

農業により定住、村ができ、水利や地利のために、集団活動が必要となり、リーダーとそれに従う協調的な民の構成になる → 「お上」「仲間外れ」などの思考の始まり 貧富の差、身分の差が出てくる。小さな村からより大きな村へ、そして国へと発展。リーダーは豪族となって国を支配。100余りの国ができる ダイバシティ → 生活・労働の多様化 → 所得格差・富の集積・情報流通の偏り → 貧富・身分の上下、権力獲得 → 統制、国の成立と為政者特権 → 多様性・個人の人権否定 の流れは現代も同じ 下等動物ほど均一な体形で、感受性や行動や思考にも個体差は少ないが、高等動物になると、体形だけでなく感受性や行動、思考も多様になる。多様性がある動物の方が、高等とも言える。従って、多様性を尊重できる動物が先進的な、高等な動物だと言えるでしょう 高床式倉庫、青銅器、鉄器、銅鐸を作る 多湿な国土とネズミやイタチとの闘いの結果、竪穴式から、合理的な高床式に代わってきたのでしょう ハイテックなマテリアルである、鉄や青銅も、草食系日本では戦いのためより祭祀のために使われた方が多かったのではないでしょうか

前50年頃《ヨーロッパ》古代ローマの政治家、軍人、文筆家、ガイウス・ユリウス・カエサル’(ジュリアス・シーザー)が活躍
前4年頃《中 東》イエスが生まれる
54年~68年《ローマ》皇帝ネロ在位
57年倭の奴国王が中国に使節を派遣、後漢の光武帝から金印「漢委奴国王印」を授かる

「倭」は “やまと” とも言い、日本のこと、「倭国」「倭人」「倭寇」「倭船」「倭歌」などと使われる。「倭」は「委ねる」に「人」が加わったもので、「委」は「女」が意で、「禾 ka」が音を表す。「なよしている女」のこと。ということで「倭」意味は、「ゆだね従う、任せる、従順、つつましい」と言う意味。「和」に通じる。なお「禾」の意味は粟や稲など、イネ科の植物または穀物のこと 「奴」は、「召使い、しもべ、お金で買われた住み込み使用人」の意味。「奴隷、農奴、守銭奴、売国奴、奴だこ」などと使う。 「倭の奴国王」と中国が言い、それを受け入れた?日本人は、中国との格差を正しく認識していたのでしょう、おそらく

79年《イタリア》ヴェスヴィオス山噴火、ポンペイ市灰に埋まる
80年《イタリア》コロッセイム完成
239年30余国を支配する邪馬台国連合の卑弥呼が中国(魏)に使いを送る。邪馬台国連合の位置は九州か近畿か未だ不明

「卑弥呼」の「卑」の字は「卑しい、身分や地位が低い」の意味、「委奴」と呼応しているのか? 人口は、縄文時代の終わりごろで60万人程度か

古墳時代(250年~573年:320年間)

200年以前中国(漢)から漢字が伝わる。伝わるタイミングがもう少し前だと「秦字」後だと「晋字」になっていたに違いない
300年頃ヤマト政権が日本をほぼ統一、天皇がうまれる(生誕ではない)。初代神武天皇(前712年~前585年 享年127歳 神様としては短命)は、紀元前660年1月1日の即位となっているが、神話の話。実在の天皇は、10代 崇神天皇との説が有力。現在の平成天皇は125代目

ちなみに、1.2の125乗は、約79億となる。夫婦二人の子供の数の平均が1.2人で、その子供も1.2人の子供を持つとすると、125代目には世界人口の79億人が夫婦の子孫となる勘定だ。実際には、成人に達する子供の数はもっと多いであろう。近親結婚や純血化があっとしても、まあ日本人は全て親戚どうしで、天照大神の子孫と言って間違いない。先祖は何とか天皇とか言っても自慢にはならない 天皇在位で代をカウントしたが、親子の代で平均年齢差を25歳として、100年で4代、神武天皇の生誕から2700年とすると、単純計算で現在の血縁者は3億6千万人ほど。ご参考までに なお、子供の数の平均を1.3人とすると125代で175兆人となって、解説しにくいので1.2人としたまでで根拠はない

375年頃《ヨーロッパ》ゲルマン民族の大移動始まる
400年頃朝鮮、百済から多くの人が日本に移民、文化・文明・技術がもたらされる。ほぼすべての日本人には朝鮮人、百済人の血が流れている。またほぼ全ての日本文化は朝鮮文化、百済文化の影響を受け継いでいる
 このころ移民と同時に漢字も伝えられる
440年頃大山古墳(だいせんこふん)が何者かによって築造される。元仁徳天皇陵と呼ばれていたが、定かではないので、大仙陵古墳(だいせんりょうこふん)とも呼ばれる
538年百済の聖明王が仏教を伝える
550年頃人口は250万人程度か

飛鳥時代(574年~709年:135年間)

6世紀頃万葉仮名が使われ出す
574年聖徳太子の誕生。お札の聖徳太子は1930年百円紙幣として誕生、以後千円、五千円、一万円と7回誕生。以来日本国民の絶大なる人気を博する。 ただし「聖徳太子」は後世そう呼んだもので諡(おくりな)、生前は厩戸皇子(うまやどのいうじ)・厩戸王(うまやどおう)と呼ばれていた。一度に10人もの問いかけに答えたというような話もあるが、同時に10人が話しかけたのではなく、10の事案を考えていたということでしょう。そのような人は現代こそ多いと思いますが、この時代はきっと少なかったから、そんな話が出てきたのでは?
600年遣唐使の派遣始まる。「遣」の字は「思い遣り」と同じ
604年聖徳太子らが、家柄(氏や姓)に関係なく、能力重視で人材登用するための冠位十二階 “大徳・小徳・大仁・小仁・大礼・小礼・大信・小信・大義・小義・大智・小智” を定めた。位冠の色は徳(紫)・仁(青)・礼(赤)・信(黄)・義(白)・智(黒)などの説がある 聖徳太子らが役人の道徳的な規範を示す十七条憲法を制定したとされる。現代の役人にも必要ではないか
607年聖徳太子が小野妹子を隋に派遣(遣隋使)。「子」は現代では女子の名前に付ける文字となっているが、「子供」の意味で“男子の尊称”でもある。「妹子」も「太子」も男性。「遣」は「相手に遣わす」の意味で、想いを相手に遣わす、相手の立場で考える「思い遣り」と同じ文字
610年《中東》マホメットがイスラム教を開く
618年《中 国》唐が興る
622年《中 東》マホメットが迫害されメッカからメディナに逃れる
629年《中 国》玄奘三蔵(三蔵法師)が仏教経典を求めてインドに向かう
645年《中 国》玄奘三蔵(三蔵法師)が、657部の経典を長安に持ち帰る
645年乙巳の変(蘇我入鹿暗殺事件)起こる。この頃赤の日の丸を使うようになる。日本以外の国では、太陽の色は金や黄色で表現されることが多いが、日本では圧倒的に赤で表現される。実際に見える太陽の色は、白色や黄色に近いため、日本の国旗の日の丸の赤による影響、太陽の表現の社会的な影響が大きいと考えられる
646年孝徳天皇が「改革の詔」を発布、大化の改新の始まり。明治維新と比するような政権革命であったらしい。この革命で初めて年号を制定「大化」とした。大化の時代に革命があったわけでは無い
646年《中 国》玄奘三蔵(三蔵法師)が「大唐西域記」(西遊記の素)を表す
663年白村江(はくすきのえ・はんそくこう)の戦い。唐・新羅連合軍と、百済・倭国(日本)の連合軍との戦い。朝鮮に出兵した倭国軍は敗走し帰国、北九州の防衛を強化
683年頃日本最古の貨幣「富本銭」がつくられた
694年都を飛鳥の藤原京に移す
701年大宝律令が制定される。「律(りつ)」は刑法、「令(りょう)」は行政法・民法にあたる
700年頃人口は500万人程度か

奈良時代(710年~793年:約80年間)

710年都を平城京に移す
710年頃高松塚古墳完成
712年太安万侶が日本最古の歴史書「古事記」を編纂。なお「万侶」は「麻呂」と同様男子に付ける接尾辞で、現代の女子に付ける「子」みたいなもの
720年舎人親王らが「日本書紀」を編纂
743年墾田永年私財法が作られ、荘園ができ、貧富の差が大きくなる。それまでは、墾田は基本孫の代までしか所有できなかった
745年《中 国》楊貴妃が、玄宗皇帝の妃になる
752年東大寺の大仏ができ、天平文化(朝鮮文化を取り込んだ古代日本の優雅な感じがする文化)が栄える
753年鑑真和上が日本へようやく到着
756年校倉造の東大寺の宝庫、正倉院完成
783年頃日本最古の歌集「万葉集」完成
789年《ヨーロッパ》ノルマン人がイングランドに侵出
790年頃人口は500万人程度か

平安時代(794年~1185年:約400年間)

794年都が平安京に移される
794年坂上田村麻呂が征夷大将軍になり蝦夷を平定。征夷は蝦夷 (えぞ・えみし) を征討すること、蝦夷は北陸・関東北部から北海道にわたる地域(蝦夷地)に住んでいた人々、将軍とは軍を将(ひきいる)ことまたはその役職名
805年最澄(さいちょう:伝教大師)が唐より帰国、天台宗を伝える。日本天台宗の開祖
806年空海(くうかい:弘法大師 774年~835年)が唐より帰国。真言密教を伝える。真言宗の開祖。能書家で嵯峨天皇・橘逸勢と共に三筆の一人
850年頃《北 欧》バイキングが活躍
9世紀頃仮名(片カナ、平かな)が開発される
890年頃「竹取物語」できる
894年遣唐使が中止される
905年「古今和歌集」完成
960年《中 国》宋が中国統一
995年藤原道長が右大臣になり、政治の実権を握る。藤原氏全盛
1001年頃清少納言が随筆「枕草子」を著す

春は曙(あけぼの)。やうやう白くなりゆく山際(やまぎわ)、すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる 夏は夜。月の頃はさらなり、闇もなほ、螢(ほたる)飛びちがひたる。雨など降るも、をかし 秋は夕暮(ゆうぐれ)。夕日のさして山端(やまぎわ)いと近くなりたるに、烏(からす)の寝所(ねどころ)へ行くとて、三つ四つ二つなど、飛び行くさへあはれなり(略) 冬はつとめて。雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜などのいと白きも、またさらでも いと寒きに、火など急ぎおこして、炭(すみ)持てわたるも、いとつきづきし(略)

1010年頃紫式部が平安貴族の生活を描いた54帖の「源氏物語」を著す。一帖は「桐壷」最後の五四帖が「夢浮橋」
1053年平等院鳳凰堂が完成
1054年《ヨーロッパ》ギリシャ正教とローマ教会が分裂
1096年《ヨーロッパ》第一回十字軍が出発。十字軍からすれば聖戦かもしれないが、攻撃される側から見ると侵略戦争となる
1185年壇ノ浦で平氏が滅びる 源義経を捕えるため、源頼朝が全国に追捕使(後の守護)・地頭を置くことを朝廷に認めさせた
1180年頃人口は650万人程度か

鎌倉時代(1185年~1337年:約150年間)

1180年源頼朝が鎌倉に侍所を置く
1183年朝廷が源頼朝による東国支配権を公認
1185年源頼朝が権力を握り、政権を統治するようになったことから鎌倉幕府が実質的に成立
源義経を捕えるため、源頼朝が全国に追捕使(後の守護)・地頭を置くことを朝廷に認めさせた
源頼朝が権力を握り、政権を統治するようになったことから鎌倉幕府が実質的に成立
1192年源頼朝が征夷大将軍に任命され、鎌倉に幕府を開く。「幕」は出陣先で張った天幕のこと、「府」は重要なものを納める場所が転じて役所の意味、「幕府」は出陣先の陣地のこと、転じて将軍の居所のこと、更に武家政権を指すものとなった。「幕」で「出陣先の新たな地」だから幕府は「開かれる」 実際にはいわゆる「幕府」という建物や集会所があったわけではないので、源頼朝、征夷大将軍に任ぜられたことをもって「鎌倉に幕府を開く」としている
1203年東大寺南大門金剛力士像が運慶・快慶らによって造られる
1205年「新古今和歌集」完成
1206年《中 国》チンギス・ハンが蒙古を統一し、蒙古全体の統治者たる大ハーンに即位
1212年鴨長明「方丈記」を著す
1215年《ヨーロッパ》イギリスで大憲章「マグナカルタ」が制定される
1220年頃「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」で始まる「平家物語」が作られる
1224年親鸞が浄土真宗を広める
1227年道元が宋より帰り、曹洞宗を伝える
1265年《ヨーロッパ》イギリス議会が誕生
1274年蒙古襲来いわゆる元寇(モンゴルの襲来)、文永の役。日本が直接侵略を受けるという陸地で国境を接していない島国の一大事であった。日本軍の奮戦と暴風雨などで蒙古軍は撤退
1281年2度目のモンゴル襲来、弘安の役。この弘安の役と、文永の役の元の撤退時の暴風雨がいつしか神風となり、日本人に楽観的な思考が育まれ、太平洋戦争で神国日本の神風とまつり上げられるに至ったのではないだろうか
1253年日蓮が法華経(日蓮宗)を広める
1320年頃《ヨーロッパ》ルネサンスが始まる
1331年頃吉田兼好が随筆「徒然草」を著す。序段は「つれづれなるまゝに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」
1333鎌倉幕府が閉幕
1335年頃人口は700万人程度か

室町時代(1338年~1573年:約240年間)

1338年足利尊氏が征夷大将軍に任ぜられ、京都に室町幕府を開く
1339年《ヨーロッパ》フランスとイギリスの国境線を決定した百年戦争が始まる
1397年足利義光に雇われた大工が京都北山に金閣寺を建てる(北山文化)
1402年頃世阿弥「風姿花伝」を著す
1429年《ヨーロッパ》フランスのジャンヌダルクが百年戦争に参戦
1450年頃《ヨーロッパ》ドイツのグーテンベルグが活字印刷技術を開発、実用化
1450年頃茶の湯、生け花、連歌などがはやる
1467年応仁・文明の乱で京の町が荒ぶ。これがいわゆる京都人の言う「この前の戦争」
1477年応仁・文明の乱が終わり、地方に武将が帰国、下克上など戦国時代となる
1489年足利義政に雇われた大工が京都東山に銀閣寺を建てる。これが現存している(東山文化)
1490年頃《ヨーロッパ》コペルニクスは天動説に疑問を持ち、地動説を研究した
1492年《ヨーロッパ》クリストファー・コロンブスがアメリカ侵略を開始する
1498年《ヨーロッパ》バスコ・ダ・ガマがインド航路を「発見」
1500年頃《ヨーロッパ》レオナルド・ダ・ヴィンチが活躍。「受胎告知」「最後の晩餐」「モナ・リザ」「ウィトルウィウス的人体図」etc.
1500年頃《ヨーロッパ》ミケランジェロ・ブオナローティが活躍。「ピエタ」「ダヴィデ像」「アダムの創造」「最後の審判」etc.
1519年《ヨーロッパ》マゼランが世界一周の航海に出発
1543年種子島の島民が中国船(倭寇船)に乗っていたポルトガル人から鉄砲を伝えられる
1543年《ヨーロッパ》コペルニクスが地動説を唱える
1549年鹿児島の住人がフランシスコ・ザビエルからキリスト教を伝えられる
1533年《南 米》インカ帝国がスペイン人に滅ばされる
1560年桶狭間の戦いで、織田信長が今川義元を討ち破る
1573年室町幕府、閉幕
1575年頃人口は1,200万人程度か

安土桃山時代(1574年~1603年:30年間)

1575年長篠の戦。足軽の鉄砲隊の活躍などで信長が武田勝頼を倒す
1576年信長が安土城(滋賀県)を築く
1581年《ヨーロッパ》オランダがスペインから独立
1582年本能寺の変。信長が京都 本能寺で明智光秀に襲われ、「是非に及ばず」と自刃
 羽柴秀吉(1586年 太政大臣になり豊臣の姓を授かる)が明智光秀を倒す
1582年《ヨーロッパ》ローマ教皇グレゴリウス13世がユリウス暦を改良し現在使われているグレゴリオ暦を制定
1583年羽柴秀吉が大阪城を築城開始
1588年秀吉が刀狩り令を出し、農民から武力を剥ぐ
1588年《ヨーロッパ》イギリスの艦隊がスペインの無敵艦隊を破る
1592年秀吉が朝鮮出兵を命令(文禄の役)
1597年秀吉が朝鮮出兵を命令(慶長の役)
1600年天下分け目の戦いとなる「関ヶ原の戦い」が起り徳川家康(東軍)が毛利輝元(西軍)を破る
1600年《ヨーロッパ》イギリスが東インド会社を作る
1602年《ヨーロッパ》オランダが東インド会社を設立
1600年頃1,250万人程度か

江戸時代(1603年~1868年:約260年間)

1603年徳川家康が征夷大将軍となり、江戸幕府を開く
1603年出雲の阿国(おくに:okuni)京都で歌舞伎踊りを始める
1608年《ヨーロッパ》ガリレオ・ガリレイ、望遠鏡を発明
1614年大阪冬の陣
1615年大阪夏の陣で大阪城は落城、豊臣氏滅びる
1616年幕府が中国船以外の外国船の来航を長崎と平戸に限定し、いわゆる鎖国を始める
1624年桂離宮が完成
1635年日本人の海外渡航と帰国を禁じ、後朱印船を廃止
1637年島原・天草一揆がおこる
1639年南蛮船(ポルトガル船)入港禁止で本格的な いわゆる鎖国鎖国始まる。その他にも外交政策として海外との通商などを規制した。なお、「鎖国」は明治以降につけた諡(おくりな)で、海外との通商などを規制した外交政策のこと
1661年《ヨーロッパ》フランスでルイ14世の親政が始まる
1680年頃元禄文化が盛んになり、井原西鶴、松尾芭蕉らが活躍
1687年《ヨーロッパ》ニュートンが万有引力の法則を発見
1689年松尾芭蕉「奥の細道」の旅に出る
1689年《ヨーロッパ》イギリスで「権利の章典」できる
1702年(元禄15年)赤穂浪士の大石良雄ら四十七士が吉良邸で吉良上野介を打取り浅野内匠頭の仇討を果たす。 今も12月末には赤穂浪士の討ち入り映画がテレビに流されます。300年以上前の、そして毎年末毎年末放映されるのに、よくまあ飽きもしないで見ていられるものだ。それが日本人なのかもしれない
1707年(宝永4年)日本最大級の地震:宝永地震の49日後に富士山が大噴火、火山灰は江戸市中にも降り注ぎました。富士山は活火山で今も活動していますが、今ぐらいの形が一番美しい。大噴火だけは御免被りたい
1720年江戸町火消し「いろは四十五組」が組織される
1769年《ヨーロッパ》イギリスのワットが新型蒸気機関を完成させる
1774年前野良沢・杉田玄白らが『解体新書』を出版
1775年《アメリカ》独立戦争始まる
1776年平賀源内がエレキテルを開発する
1776年《アメリカ》独立宣言
1787年(天明7年)天明の飢饉
1789年《アメリカ》合衆国憲法制定
1789年《ヨーロッパ》フランスで人権宣言が採択される
1798年本居宣長「古事記伝」完成
1800年伊能忠敬、測量開始
1802年十返舎一九が「東海道中膝栗毛」を著す
1804年《ヨーロッパ》ナポレオン・ボナパルトが皇帝になる
1808年間宮林蔵が樺太を探検し間宮海峡を発見
1821年伊能忠敬「大日本沿海輿地全図」を完成させる
1833年頃歌川広重(本名:安藤鉄蔵)「東海道五十三次」を制作
1838年(天保4年)天保の大飢饉
1838年緒方洪庵、適塾(蘭学塾)を大阪で開く
1842年曲亭馬琴(本名:滝沢興邦)「南総里見八犬伝」を著す
1851年ジョン万次郎帰国。通訳や教師として活躍する
1853年ペリー率いる黒船4隻が浦賀に来航、日本は開国を要求される
1854年ペリー再来航、日米和親条約を結び、下田・箱館の2港を開き鎖国が終わる
1857年吉田松陰が、現山口県萩市にある松下村塾を引継ぎ約1年指導
1858年アメリカ・ロシア・イギリス・フランスと修好通商条約を結ぶ
1859年《ヨーロッパ》ダーウィンが「種の起源」を著す
1860年日本船咸臨丸がアメリカに向かう
1861年福沢諭吉、政府の使節に加わりアメリカに渡航
1861年《アメリカ》南北戦争が起る
1861年《ヨーロッパ》イタリア王国成立
1863年1862年横浜近くの生麦村で、薩摩藩士がイギリス人を殺傷、その報復でイギリスが鹿児島湾を砲撃し、薩英戦争起る
1863年《アメリカ》エイブラハム・リンカーンが奴隷解放を宣言する
1864年長州藩士が京都御所を襲う(蛤御門の変 or 禁門の変)
1865年《ヨーロッパ》メンデルが遺伝の法則を報告
1866年薩摩藩と長州藩が薩長連合となる。土佐藩出身の坂本竜馬の仲立ちで、薩摩藩の代表西郷隆盛・大久保利通、長州藩の木戸孝允らがひそかに軍事同盟を結び、岩倉具視ら京都の公家らも加わり、幕府をたおす計画を進めた
1866年福沢諭吉が「西洋事情」の刊行開始
1866年《欧 米》最初の大西洋横断海底電線が敷設される
1867年(慶応3年)大政奉還。15代将軍徳川慶喜が政権を朝廷に返す
1867年朝廷が王政復古を宣言する
1868年西郷隆盛と幕府の勝海舟との話し合いによって江戸城は無血開城。不満を持つ幕府側の大名や武士たちが、薩長を中心とする新政府と対立し、各地で反抗。鳥羽・伏見の戦い、函館五稜郭の戦いと抵抗したが、新政府軍に敗れた。この一連の戦いが戊辰戦争
1868年人口は約3,400万人

明治時代(1868年~1911年:44年間)

1868年明治元年五箇条の御誓文。明治に改元
1869年明治2年版籍奉還(薩長土肥4藩主)、江戸を東京都改称、都を東京に移す 都が東京に移ったことで、京都人は京都が廃れることを憂え、教育に力を注ぐことにしました。それが現在の学生の街 京都になった由縁です。もし都が東京に移らなければ、今頃京都 東寺の五重の塔は高層建築に取り囲まれ、東本願寺御影堂の上を高速道路が走っていたに違いありません。考えるだけでもぞっとします。よかった、よかった
1869年《中 米》スエズ運河が開通
《アメリカ》大陸横断鉄道完成
1870年明治3年廃仏毀釈が本格化
大阪、神戸間に電信が開通
平民が姓を名乗ることを許可される
1871年明治4年廃藩置県、3府302県に
1871年《ヨーロッパ》ドイツ帝国の成立
    
1872年明治5年全国に小学校をつくり、義務教育を開始
東京 新橋と横浜の間に鉄道が開通
太陽暦採用
現在世界遺産となっている、官営 富岡製糸場ができる
福沢諭吉が「学問ノススメ」を著す
1873年明治6年徴兵令の公布
1876年《アメリカ》アレクサンダー・グラハム・ベルが電話の特許を取得
1877年明治10年西郷隆盛らが西南戦争を起こす
1885年明治18年内閣制度創設、伊藤博文が初代大統領に
1887年明治20年東京に電灯が設置される
1889年明治21年大日本帝国憲法が発布される
東海道線が全線開通
1889年《ヨーロッパ》パリ万博開催される、エッフェル塔完成
1890年明治23年第一回衆議院議員総選挙
第1回帝国議会が開かれる
森鴎外が「舞姫」を「国民之友」に発表
1891年明治24年田中正造が足尾鉱毒問題質問書を衆議院に提出
1894年~1895年日清戦争を行う
1895年明治28年樋口一葉「たけくらべ」を文学雑誌「文学界」に連載
1896年《ヨーロッパ》アテネで第一回オリンピック大会開催
1901年《ヨーロッパ》ノーベル賞の制定
1902年明治35年日英同盟締結
1903年《アメリカ》ライト兄弟が飛行機の有人動力飛行に成功
1904年~95年日露戦争を行う
1905年明治38年夏目漱石が「吾輩は猫である」を「ホトトギス」に発表
1906年《インド》ガンディーが非暴力闘争を開始
1910年明治43年韓国を併合
1910年明治44年石川啄木「一握の砂」が刊行される
1911年明治45年人口は約5,200万人

大正時代(1912年~1926年:15年間)

1912年大正元年大正に改元
1914年《ヨーロッパ》第一次世界大戦が起こる
1914年大正3年>第一次世界大戦の影響で好景気となる
1915年大正4年>日本が中国に21カ条の要求をする
芥川龍之介が「羅生門」を「帝国文学」に発表
1915年《ヨーロッパ》アインシュタインが一般相対性理論を発表
1917年《ロシア》ロシア革命、ソビエト政権樹立
1918年《ヨーロッパ》連合国軍の総反撃でドイツが降伏
1918年大正7年シベリア出兵
1919年《ヨーロッパ》パリのベルサイユ宮殿で講和会議開催
1920年大正9年国際連盟に加入し、常任理事国になる
1920年《アメリカ》世界初のラジオ放送開始
1921年大正10年志賀直哉「暗夜行路」を雑誌「改造」に発表
1923年大正12年関東大震災、死者約10万人、行方不明4万3千人
1925年大正14年満25歳以上の男子全てに衆議院議員の選挙権が与えられる普通選挙法が成立
治安維持法制定
ラジオ放送開始
1926年大正15年日本放送協会(NHK)設立
川端康成「伊豆の踊り子」を雑誌「文藝時代」に発表
人口は約6,100万人

昭和時代(1926年~1984年:58年間)

1926年昭和元年昭和に改元
1928年《ヨーロッパ》イタリアでファシスト党が一党独裁(ムッソリーニ)
1929年《世 界》ニューヨーク株式が暴落、世界大恐慌が始まる
1931年昭和6年満州事変起こす
1932年《中 国》満州国成立
1932年昭和7年青年将校らが総理大臣 犬養毅を殺す、五・一五事件が起こる
1933年昭和8年国際連盟を脱退。中国は、日本の満州での行動を侵略だと国際連盟に訴えた。国際連盟は調査団を満州に送り、実情を調べ日本の行動を非難したため、日本は国際連盟を脱退
1933年《ヨーロッパ》ドイツでヒトラーが首相に就任。国際連盟を脱退、ユダヤ人の迫害を始める
《アメリカ》ニューディール政策開始
1935年昭和10年ロンドンで第二次軍縮会議が行われる。日本は軍縮会議から脱退を決める
1936年>《ヨーロッパ》ベルリンオリンピック開催
《ヨーロッパ》イタリアがエチオピアをが合併
1937年昭和12年盧溝橋事件、南京事件起こす。これをきっかけに日中戦争が始まる
1938年昭和13年国家総動員法が制定される
1939年昭和14年テレビが発売される(日本ビクター)
1939年>《ヨーロッパ》独ソ不可侵条約締結、ドイツがポーランドに侵攻
1939年~1945年第二次世界大戦
1940年昭和15年日独伊三国軍事同盟締結
政府は各政党を解散させ、大政翼賛会をつくり、国民すべてを国の政策に協力させる体制をつくる
1941年昭和16年日ソ中立条約締結
1941年~1945年日本軍が真珠湾を攻撃、太平洋戦争を起こす
1942年昭和17年ミッドウェー海戦
1943年昭和18年ガダルカナル島から撤退、学徒出陣をさせる
1944年昭和19年日本の敗戦色濃くなる
1945年昭和20年東京大空襲、アメリカ軍が沖縄へ上陸
1945年《ヨーロッパ》ドイツ降伏、ポツダム会談
《世 界》国際連合成立
1945年昭和20年アメリアが8月6日広島、8月9日長崎に原子爆弾を落とす
1945年 8月15日ポツダム宣言を受諾、連合国に無条件降伏
1945年昭和20年治安維持法が廃止され、政治犯が釈放される
婦人の参政権を認める
1946年昭和21年天皇が人間宣言
労働組合が結成され、メーデーが復活
1946年11月 3日日本国憲法が公布される。三大特徴、国民主権・平和主義・基本的人権の尊重
1947年昭和22年教育基本法、学校教育法が公布され、6.3.3.4制の教育が始まり、小・中学校の9年間が義務教育となる
1947年 5月 3日日本国憲法が施行される
1948年《世 界》国連総会で世界人権宣言採択
1949年昭和24年湯川秀樹がノーベル物理学賞を受賞
1949年《中 国》中華人民共和国の成立
1950年昭和25年朝鮮戦争勃発
1951年昭和26年サンフランシスコ平和条約締結
1953年昭和28年NHKがテレビ本放送を開始
1954年昭和29年保安隊を自衛隊と改称する
防衛庁設置
1956年昭和31年国際連合に加盟
ソビエト連邦との国交回復
南極観測始める
1957年昭和32年東海村で原子炉を運転する
1957年《ヨーロッパ》ヨーロッパ経済共同体(EEC)成立
《ソビエト》人工衛星スプートニクの打ち上げに成功
1959年昭和34年伊勢湾台風
安保反対のデモ隊が国会に乱入
池田内閣成立「国民所得倍増計画」
1960年昭和35年新日米安全保障条約の調印
カラーテレビの本放送開始(世界で3番目)
1961年《ソビエト》ソ連が有人(ユーリイ・ガガーリン)宇宙飛行に成功する
1963年昭和38年日米で衛星中継の実験
1963年《アメリカ》ケネディ大統領が暗殺される
1964年昭和39年東京オリンピック開催
東海道新幹線が開通
OECD(経済協力開発機構)加盟
1965年昭和40年日韓基本条約の調印、大韓民国と国交回復
名神高速道路が全線開通
朝永振一郎がノーベル物理学賞受賞
1965年《アメリカ東・南アジア》アメリカ軍による北ベトナム空爆(北爆)の開始
1966年《中 国》文化大革命始まる
1968年昭和43年川端康成がノーベル文学賞受賞
小笠原諸島の変換
文化庁を設置
1969年昭和44年東大安田講堂事件、東大紛争の終結
1969年《アメリカ》アポロ11号月面着陸、人類が初めて月に降り立つ
1970年昭和45年日本万国博覧会(大阪万博)を開催
核拡散防止条約の発効
1971年昭和46年環境庁設置
1972年昭和47年沖縄諸島が日本に復帰
日中国交回復
札幌冬季オリンピックを開催
1973昭和48年第一次オイルショックが起こる、狂乱物価
江崎玲於奈がノーベル物理学賞受賞
あさま山荘事件
1975年《アメリカ》アポロ11号月面着陸、人類が月に降り立つ
《東南アジア》サイゴン陥落、ベトナム戦争終結
1976年昭和51年三木内閣が防衛費はGNPの1%以内とすることを決定
第二次オイルショックが起こる
1978年昭和53年新東京国際空港(成田空港)の開港
日中平和友好条約の調印
1980年《中 東》イラン – イラク戦争始まる
1981年昭和56年福井謙一がノーベル化学賞受賞
1982年昭和57年東北新幹線が開業
1986年昭和61年NHKが衛星放送(BS放送)を開始する
1986年《ソビエト》ソ連のチェルノブイリ原発で大事故、放射能拡散
1987年昭和62年バブル経済始まる
利根川進がノーベル生理学医学賞受賞
JR発足
1988年昭和63年青函トンネル貫通、瀬戸大橋開通
NTTが携帯型ショルダーホンを発売
1988年昭和63年人口は約12,300万人

平成時代(1989年~2019年:30年間)

 
1989年平成元年平成に改元 消費税(3%)導入
1989年《ヨーロッパ》ベルリンの壁崩壊、マルタ会談(冷戦の終結)
《中 国》天安事件起こる
1990年平成2年株価急落、バブル経済の崩壊
ポケベル(ポケットベル)最盛期
ジュリアナブームになる
ポケモンブーム
任天堂がスーパーファミコンを発売
1990年《ヨーロッパ》東西ドイツの統一
1991年平成3年自衛隊初の海外派遣(ペルシャ湾の掃海)
1991年《中 東》湾岸戦争始まる
《ソビエト》ソビエト連邦の消滅
1992年平成4年PKO協力法の成立
東海道新幹線「のぞみ」運転開始
1993年平成5年Jリーグ開幕
非自民 細川政権誕生
1994年平成6年関西国際空港開港
大江健三郎がノーベル文学賞受賞
平安京遷都1200年
1995年平成7年阪神淡路大震災
オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こす
Windows95発売
1997年平成9年消費税5%に
地球温暖化防止京都会議
1998年平成10年長野冬季オリンピックを開催
1999年平成11年ソニーがロボット「AIBO」発売
2000年平成12年インターネット本格普及
2000円紙幣、新500円硬貨発行
白川英樹がノーベル化学賞受賞
2001年平成13年野依良治がノーベル化学賞受賞
2001年《アメリカ》アメリカ同時多発テロ事件起こる
2002年平成14年FIFAワールドカップ日韓大会開催
田中耕一がノーベル化学賞受賞
小柴昌俊がノーベル物理学賞受賞
北朝鮮から拉致被害者が帰国
2003年平成15年地上デジタル放送開始
  江戸幕府開闢400年
2007年《アメリカ》スマホiPhone発売
《アメリカ》アフガニスタン攻撃
2008年平成20年日本の人口がピークに 1億2,808万人
小林誠/益川敏英ノーベル物理学賞受賞
下村脩がノーベル化学賞受賞
南部陽一郎がノーベル物理学賞受賞
ソフトバンクモバイルが日本でスマートホン「iPhone 3G」を発売
2008年《アメリカ》サブプライムローンがもとでリーマン・ショックが起こる
2009年平成23年民主党 鳩山政権発足
2010年平成24年日本の総人口 12,806万人
根岸英一/鈴木章ノーベル化学賞受賞
2011年 平成13年3月11日、東北大震災、福島第一原発 1号機~3号機原の炉心溶融(メルトダウン)事故、4号機建屋の水素爆発事故発生
2011年平成13年地上デジタル放送に完全移行
2012年平成24年山中伸弥がノーベル生理学医学賞受賞
東京スカイツリー開業
第二次安倍政権発足
2013年平成25年富士山が世界文化遺産に登録される
2014年平成26年消費税8%に
赤崎勇/天野浩/中村修二がノーベル物理学賞受賞
2015年平成27年大村智がノーベル生理学医学賞受賞
梶田隆章ノーベル物理学賞受賞
2016年平成28年大隅良典ノーベル生理学医学賞受賞
2016年《イギリス》国民投票でEU離脱決定
2017年《アメリカ》トランプ氏、第45代アメリカ合衆国大統領に就任
2018年平成30年本庶佑がノーベル生理学医学賞受賞

令和時代(2019年~ )

 
2019年令和元年5月1日 令和に改元
2020年令和2年東京オリンピック開催
2024年《ヨーロッパ》パリオリンピック開催
2028年《アメリカ》ロサンゼルスオリンピック開催
2035年令和17年日本の総人口11,662万人
人型ロボットが一見して人型ロボットと分かるよう、顔の外観仕様が規定される
2040年令和22年議会や会議で人が討議し意思決定するより、人工知能の判断により意思決定する方が多くなった
2045年令和27年シンギュラリティと言われていた年だが、特に何も起こらなかった
2048年令和30年日本の総人口9,913万人と1億人を割り込む
2050年令和32年日本の総人口9,708万人
2055年令和37年哲学や倫理など精神世界の事業が優勢になる
2060年令和42年日本の総人口8,674万人
2065年令和47年ロボットと人の経験・記憶がお互い共有される
2075年令和57年脳物と人間とが共棲する中で意思決定も共同で行うようになる
2100年令和82年日本の総人口4,959万人
  ロボットと人の間の中人間(サイボーグなど)の製造が規制される
 

【参考/引用 図書】 「世界大百科事典25」 平凡社 2014/12/1 「日本大百科全書6・20」 小学館 1985・1988 「学び直し日本史 古代編」 PHP研究所 2011/3/29 「こんなに変わった! 小中高・教科書の新常識」 青春出版社 2018/2/1  他 【参考新聞】  京都新聞 2019年4月  他 【参考Webサイト】  国土交通省 白書 2019/4/22 http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h24/hakusho/h25/html/n1111000.html  がんばれ凡人! http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/nen1.htm  Key:雑学事典 http://www.7key.jp/data/j_history/syouwa1.html  History of Modern Japan 日本近現代史研究 http://www.geocities.co.jp/since7903/nenpyo0.htm  Wik https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E7%9F%B3%E5%99%A8%E6%99%82%E4%BB%A3  社会事情データ図録 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1150.html